横沢びなを探しています
こんにちは、白嶺みづほです。
享保雛に古今雛、御殿飾り雛に添え雛の数々、バラエティーに富んだ雛たちを薄葉紙で包んで箱に納めていきました。
作業の合間に、来年の雛祭りに向けて、特に収集を進めたい「横沢びな」については、大きさや材質を記録し、細部を観察しました。
←横沢びなは、甲府の雛問屋で江戸時代終わりころから昭和初期まで製作されたと考えられる節句人形です。甲州の民に愛された庶民的なお雛様です。
ちょっとみてください。
親しみやすくて元気な表情で、いまにも話しかけてきそうな愛らしい口元でしょう?
顔だけでなく手足にも動きがあってとっても元気な感じのお人形たちなんです。
←上の双子のそっくりさんも、裏を見ると、右側の人形の背中側には布を貼っていないことがわかる。
基本的に串立ちで、背中側が千代紙のものもあるんですよ。
正面からの見た目は同じでも、価格に差をつけていたのでしょう。
節句ものとはいっても、なるべく安く買いたい庶民の心を忖度した甲府の雛問屋の知恵なんでしょうかね。そんなことを推測すると、ますますこの横沢びなに親しみがわきます。
売り子がかごに入れて「ひなんど~、ひなんど~」と農村地帯を売り歩き、人々は農作業の合間に呼び止めて買うこともあったといいます。
横沢びなについての文献資料は少ないですが、山中共古先生、上野晴朗先生の著作に記述があります。
かつて甲州の雛段には、男雛と女雛の周りに、この愛らしくて躍動的な横沢びながたくさん飾られていたといいます。
昨年度は、曲輪田の民家より発見された横沢びなを収蔵しました。
今後、南アルプス市内の皆様からのご提供が多くあれば、安藤家住宅で、今は見られなくなってしまった戦前までの、リアルな甲州の雛段の様子が再現できます。
「来年こそ!」そんな夢をみています。
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