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2019年10月 3日 (木)

在家塚のSS導入期(クボタ製エアーブラストスプレヤー)

こんにちは。
12(在家中込家資料より)こちらの写真は在家塚で昭和30年代に撮影された写真です。トラクターによってけん引されている機械にはクボタの「エアーブラストスプレヤー KS15-15」という文字が見えます。
おそらく、「エスエス」の開発段階、もしくは農業用薬剤噴霧の機械化導入初期に試験運用している状況を撮影した写真ではないでしょうか?

 Dsc_2238(2018年撮影 白根地区飯野にて)現在、南アルプス市域では、果樹への薬剤噴霧を行う特殊車両である、通称「エスエス」と呼ばれる真っ赤なスピードスプレーヤーをよく見かけます。

Dsc_0012_20191003105501  Dsc_0015 Dsc_0023 散水にも使用されますが、非常に細かい霧状にした液体が、後方についているノズルから180度放出され、樹のてっぺんから葉の裏までまんべんなく噴霧できます。
←(以下3点カラー・2019年撮影 白根地区今諏訪にて)
市内で生産されるサクランボ、スモモ、モモ、ブドウ、キウイフルーツ、カキなどほぼすべての果樹の栽培に欠かせないマシンです。

 
Photo_20191003110601(夢・ふるさと白根100年の回想より)昭和33年1月25日に当市白根地区の西野農協が、国内メーカの共立が開発したSS-1型を県内第一号で導入しました。
Photo_20191003105801 当時は未だ噴霧器をけん引車が引っ張るタイプしかなく、噴霧器及びタンクと車が一体となった現在のコンパクトな自走式タイプではありませんでした。自走式が出回るようになるのは昭和40年代に入ってからのことです。
(白根町誌より)もしかしてクボタ製かも?
 白根町誌などの記録によると、在家塚でのエスエスの本格的な導入は、昭和40~42年の間に昭信というメーカーの自走式エスエスが最初であったことが判っていますので、クボタ製エスエスの写真はおそらく本格導入ではなく、試験的な運用として昭和34年~39年の間に撮影されたものと判断できます。
11131415_20191003105501(以下モノクロ4枚・在家塚中込家資料より 昭和30年代撮影 クボタ・エアーブレストエアーブレストスプレヤー)
 ところで、今回見つかったクボタ製エスエスの写真5点すべてを見て不思議に思うことは、肝心のエアーブレストスプレヤー自体が噴霧している場面の写真が一枚もないことです。
ご紹介している農薬噴霧器の写真資料はすべて在家塚中込家資料の中にあったものですので、企業秘密ということで個人的には撮影許可が下りなかったのでしょうか?
 残念ながらその後、クボタ製のエスエスは本格的に販売されなかったのか?完成されずに開発段階で終わってしまったのか?よくわかりませんけれども、現在の南アルプス市内で走っているのを見ることはありません。
 果樹農家の方々とエスエスの話題がでても、丸山・昭信・共立の三社製に限られていて、それ以外の名が挙がった記憶がありません。

 しかし、いままでエスエスの導入と小型化への開発は、白根地区の中でも西野区の農家と共立の取り組みが聞き取り調査等で知っていましたが、これ以外にもエスエス市場に参入しようとするメーカーが白根地区を舞台に(在家塚でも)活動していたことが今回判りました。
 この事実が在家塚中込家への訪問古文書調査の合間に見せていただいた、ご家族の思い出写真アルバムの中に偶然に紛れ込んでいたこともまた、興味深い経験でした。

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