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2020年4月

2020年4月20日 (月)

蚕の種紙でつくった足袋型紙

こんにちは。
 昨今の疫病流行の影響でフィールドワークが難しい状況なので、その代わりに、文化財収蔵庫の資料整理を集中的に行っています。
台帳を見て気になっていた資料の実物を出して観察もできるので、あらたな気づきが多くあり、今後の企画展のヒントになりそうなものをピックアップ出来て、思いがけず良いこともあるものです。
 今日はそんな新たな発見の中から一つご紹介いたします。
Dsc_0562 ←こちらの資料名は「足袋型紙」で、甲西地区東南湖 小沢家から平成時代初めに寄贈されたものです。

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実物を出してみると、再利用した三越の贈答品箱の中に、子供から大人までの足袋の型紙が13組入っていました。

Dsc_0575 そして、寄贈者のメモに『戦時中各家庭で作った足袋形です』とあります。


 戦争中は物資不足でしたから、足袋もお母さんが家庭で手作りでしたし、型紙用の紙も何かの再利用であったのは当然だったと思いますが、お蚕好きな〇博調査員の目は、型紙の端に切れぎれに遺されているある痕跡に釘付けになりました! そして、紙の表面に触れると指先にサメ肌のような「ザラザラ」を感じます。

これは、2年前の八田地区調査でも出会った戦時中の「蚕の種紙リサイクル」です!所どころに蚕種屋の名と住所、蚕品種の属性等を読み取ることもできました。

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 当時の甲西地区東南湖の農家では、どのようなところから蚕種を買っていたのか興味が湧いたので、16枚の蚕種紙のうち、判読できる限りの蚕種屋さんを書き出してみました。そうすると、山梨県の蚕種屋が3軒、福井県が1軒、岐阜県が1軒がありました。
以下が、判読できた蚕種屋5軒です

①齋藤孝 山梨県南巨摩郡増穂村長澤107番地
②□澤曝□ [山梨県南巨摩郡増穂村]天神中条[ ]
③吉野屋・角田賀雄 山梨県[            ]
④越前蚕種合名会社 福井県今立郡中滝村[ ]上村大野14
  製造場所:福井県今立郡北中山村磯部第二号十九番地荻野三郎右衛門
⑤株式会社勝野蚕種部 岐阜県恵那郡中津町駒場六三七番地
 その他、蚕種は、国蚕支107号×国蚕日111号などの日支交雑種が多く、すべて白色繭でした。

Dsc_0570_20200420115501  種紙の形態や以上のような情報から、この種紙が購入されたのは昭和初期頃だと考えられます。
 さらに、山梨県内蚕種屋のものには不越年との記載があるものが多い上にすべて産卵日が6月でしたが、福井県と岐阜県の蚕種屋のものは8月中旬産卵や9月製造とありました。この傾向はどのようなことを意味するのでしょうね。いずれの種紙も低温庫や風穴で保管されていたものだと思いますが、おもしろいです。


(当ブログ蚕糸業関連カテゴリーの2018年3月25日記事「蚕の種紙リサイクル」でも、野牛島地区で昭和20年に記された管理米台帳の表紙に使用されていた例をご紹介しています)

2020年4月15日 (水)

さくらんぼの花摘みと葯採取

こんにちは。
Dsc_0553    昨日、今日と御勅使川扇状地は晴れ渡っています。一昨日の大雨のおかげで、八ヶ岳や富士山、南アルプスの山々が雪化粧しました。下界ではスモモ、桃に続いて、白いサクランボの花が満開です。

午前中に通りがかった八田地区では、授粉用花粉を集めるための花摘みがあちこちで行われていました。

Dsc_0541_20200415172501 この後、農協の施設内にある葯採取機を使って、手で摘んだ花から花粉だけを取り出します。

花粉はダチョウの羽を使ってサイドレス内に植えられた、高砂・豊錦、佐藤錦、紅秀峰など様々な品種の樹に受粉されるんですよ。

 Dsc_0476  ←葯採取機で花粉を取り出す作業 JA南アルプス市八田共選所内にある葯採取機を使って、サクランボ(ナポレオン)の花粉を取り出す清水さん。(令和2年4月9日午後、JA八田共選所内にて撮影)
Dsc_0475_20200415172601 Dsc_0482_20200415172601 ←上部の投入口から摘み取った花を投入して、スイッチオンすると装置が振動し、下部側面の2つの出口から花びらとがく等が分別して排出されてきます。

機械の真下にある箱の中に葯(花粉)が落ちています。

どうやら、内部で羽の付いたドラムが回転して花を解体し、装置内でふるいにかけているようです。
Dsc_0501 ←集まったさくらんぼの葯(花粉)は、この後、家でさらに手でふるい掛けしてゴミを取り除くそうです。
 集めた花粉は、すぐに授粉に利用するものと、JAに預けて冷凍貯蔵して来年使用するものとに分けます。実際の受粉にはその年に採取したいわゆる「生葯」と昨年度に採取した「冷凍葯」を混ぜて量増しして使用することが多いそうです。

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 南アルプス市域では、4月13日から促成栽培のハウスさくらんぼの出荷が始まったという報道がありましたが、現在、多くの農家が手掛けている露地もので「サイドレス」という雨除け施設を使ったさくらんぼ栽培では、だいたい5月中頃からです。

←サイドレス(令和2年4月15日9時半頃、八田地区徳永にて撮影)

さくらんぼの実は雨に当たると傷んでしまうため、受粉後は雨除けの屋根の下で大切に育てられます。また、鳥さんたちに食べられないように、サイドをネットで囲ってしまいます。

例年、5月20日前後に始まる当地のサクランボ狩りでは、人々はこのネットで囲われたサイドレス内に入って初夏の味を楽しみます。

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南アルプス市域で開発されたサクランボ栽培における雨除け技術の歴史は古く、サイドレス登場以前の昭和40年代初めには、樹ごとに巻き上げ式の三角屋根を設置していました。

(さくらんぼの三角屋根とサイドレスについては、当ブログ果樹栽培関連記事カテゴリーの「雨とさくらんぼ」2018年9月25日の記事をよろしかったらご覧ください)

2020年4月 1日 (水)

昭和の加賀美・瓦製造画像

こんにちは。
_dsc0595  若草地区加賀美の瓦産業の調査を〇博で進めるうちに、当地の瓦製造の様子をおさめた画像の存在を知りました。

←加賀美区集落の南端にあった沢登瓦店さんでの作業風景です。

昭和時代に撮影されたもので、持ち主の澤登家所蔵のフィルムから接写して画像をいただいたもののようです。数年前に文化財課職員が収蔵していました。

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_dsc0623 171797-7 ←この瓦窯と作業場があった場所を、昨年の10月に加賀美踏査した時に撮った写真の中に探してみると、この画像と同じ場所かしら?と思う一枚を見つけました。右の写真が昨年10月の写真ですけれど、どうでしょうかね? 煙突は出ていないので、この作業場の中にあった瓦窯は現在は撤去されているようですね。

_dsc0633 _dsc0654 _dsc0659 _dsc0626 この場所で正解であれば、現在の澤登家の住宅の、道を挟んだ向かい側にある建物の中に、かつて瓦を焼く窯があった模様です。さらに瓦窯北側に作業場が存在したようですね。


住所も確認し、前回の記事でもご紹介した文献、『生産遺跡分布調査報告書(窯業遺跡)1990 山梨県教育委員会』で加賀美瓦窯跡群の項を調べると、その地番には当時、「カネにト」の屋号の澤登(一秀)家が、大正時代初め~昭和55年に操業していたと記録されていました。


加賀美の瓦製造は、江戸時代(天保期1835年頃から)、甲府城に使用する瓦生産を農閑期に行ったのをはじまりに、昭和50年代初めまで行われました。

最も盛んに行われたのは明治中頃から昭和40年代末くらいまでの100年間ほどですが、作業風景を写した画像や記録は少ないです。

 

_dsc0721 _dsc0665 _dsc0655 _dsc0624 南アルプス市文化財課で収蔵している、加賀美の沢登瓦店カネトの瓦製造画像は88点あり、製造環境や道具・工程なども全般的に撮影されているので、たいへん貴重な資料だと思います。おそらく昭和40年代末以降に撮影されたものだと思われます。

これからも〇博の大切な資料群の一つとして今後積極的に活用させていただきたいと考えています。


 ふるさと○○博物館では、ひきつづき、瓦製造を行った経験のある方々の証言資料や瓦製造の実際を物語る資料の収集をおこなっておりますので、情報を寄せていただければ幸いです。

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