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2021年9月15日 (水)

南アルプス市の温室栽培は「ぶどう」からはじまった

 美味しいシャインマスカットが生産されている南アルプス市から、こんにちは。
 江戸時代から柿の野売りで知られていた南アルプス市白根地区西野では、明治40年代にはサクランボやモモの栽培も軌道に乗り初め、果実郷といわれるようになっていましたが、大正14年からは全国的にもいち早く温室栽培も導入しました。
南アルプス市の温室栽培史上、昭和16年頃に全盛期であったメロン栽培が最も知られていますが、そもそもメロンを栽培しようとしてガラス温室を大正14年に導入したわけではなかったという事実を、今日は忘れないように書き留めておきたいと思います。

 まずは、〇博調査員が整理中の西野功刀幹浩資料の中から、温室葡萄に関する資料をいくつか見つけましたのでご紹介したいと思います。

I11144←『葡萄果の白眉 高級果実 温室葡萄』の広告(大正15年頃・南アルプス市文化財課蔵・西野功刀幹弘家資料より)


甲府市櫻町九番地にあった中村果実店の出したもので、派手な彩色はないけれど、葡萄のつるを連想させるような独特なフォントに魅せられますね。

『一度召上がれば忘れられぬ風味の所有者であります。
果実培養に雨風寒暖を意の如く人為により調和し得るものは温室であります。
此特種装置により意の侭に結果せる温室葡萄のおいしさを是非御一度御試食を仰きます。』

特殊装置の硝子室でつくられた葡萄はどんな味がするのか?高級でも一度は試してみたくなるような宣伝文句です。

A-2 A ←「温室葡萄献上願」「副申書」(昭和8年10月20日・南アルプス市文化財課蔵西野功刀幹浩家資料より)


こちらは、昭和8年に温室栽培を南アルプス市で最初にはじめた西野村の功刀家が、『供天覧』の目的で温室葡萄を宮内庁に献上した際の文書です。


この書類には「副申書」が付されており、そこには献上品の来歴として「功刀家が大正14年春に温室栽培に成功し、その有望を一般に喧伝しその誘導に努めたところ、(西野村では)昭和8年現在には温室は五千坪、年収穫高は五万円越えし、益々増加の傾向にあり」と書かれています。

Photo_20210915110101 ←温室葡萄献上時(昭和8年11月7日)に家の前で撮影されたもの。左が功刀七朗氏、右が功刀七内氏(南アルプス市文化財課蔵・西野功刀幹弘家資料より)


 献上者の功刀七朗は大正14年温室葡萄栽培を目指して西野村に硝子室を建設し、3月30日に岡山の種苗木商と興津園芸試験場より葡萄苗(マスカットオブアレキサンドリア・グローコールマン・マスカットハンブルグ・ホスターシイドリング)を取り寄せ植えています(白根町誌より)。

Photo_20210915110201 ←硝子室内の葡萄の木。外には雪が積もっている。(南アルプス市文化財課蔵・西野功刀幹弘家資料より)

 

 

 

その後、マスカットオブアレキサンドリアとグローコールマンの2種に選定した模様です。

 

 

 

 

功刀家の資料にはこの2種のブドウの結実果の写真もありました。

Photo_20210915105901 ←マスカットオブアレキサンドリア(南アルプス市文化財課蔵・西野功刀幹弘家資料より)

Img20180807_14012640  ←グローコールマン(南アルプス市文化財課蔵・西野功刀幹弘家資料より)

 

そして、献上したのと同じ年の昭和8年12月17日には銀座千疋屋とグローコールマン3610匁を50円で取引しています。

I60164 ←銀座千疋屋冬ぶどう仕入伝票(昭和8年12月17日・南アルプス市文化財課蔵・西野功刀幹弘家資料より)

002img20210830_13504173 ←銀座千疋屋の旗とともに西野村役場前で撮影された集合写真(南アルプス市文化財課蔵・西野功刀幹弘家資料より)

Img20180731_16362947_20210915110201  そして、功刀家の温室葡萄献上がきっかけとなったのかは不明ですが、翌年の昭和9年には、功刀家の温室栽培を朝鮮王族が視察に訪れるまでになりました。ただし、この昭和9年にはブドウとメロン両方の温室栽培をご覧いただいたのだと思います。

←昭和9年の李王殿下の視察(南アルプス市文化財課蔵・西野功刀幹弘家資料より)

 西野村の温室栽培といえば、利益率の高かったメロンが最も知られていますが、実は、最初はブドウから試みられたという史実を今回はご紹介しました。

とても些細な事実かもしれませんが、現在進行中の西野功刀幹浩家文書整理作業では、功刀家の証言だけでなく、その事実を補強する文書資料をいくつか見いだせたことは、〇博調査員的には収穫でした。

いままでは「原七郷にメロン栽培を導入した地」というフレーズでご紹介することが多かった白根地区西野の功刀巻(くぬぎまき)ですが、どちらかというと「南アルプス市での温室栽培発祥地」という認識の方が、現在まで続く南アルプス市の産業史をとらえる視点としては、正解なのかなぁと思えてきました。

 南アルプス市の温室栽培は、まず葡萄からはじまり、結実まで2、3年かかる葡萄の苗木の間にさんま樽を置き、メロンやスイカの苗を植えたものを、収入の一時しのぎとして栽培した経緯がありました。

南アルプス市西野村ではじまった温室栽培は大正14年から昭和16年頃をピークに発展していきます。

 次回以降は葡萄以外のメロンとスイカの温室栽培の新資料をいくつかご覧いただきたいと思っています。

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