西野果実郷の父・小野要三郎直筆の手紙
こんにちは。 本日は、南アルプス市ふるさと文化伝承館令和4年度テーマ展「にしごおり果物のキセキ」に関連したレポートを書いておきたいと思います。 一年ほど前、 西野功刀家より寄贈いただいた文書箪笥の中に、西野果実郷の父・小野要三郎直筆の手紙を発見しました。文書内容も調べて確認していたのですが、残念ながら、今回のテーマ展には、展示スペース等の関係もあり、出場していただくことができませんでしたので、ここでご紹介したいと思います。
←小野要三郎直筆功刀家宛書簡 明治45年1月17日 西野功刀幹浩家資料南アルプス市文化財課所蔵
「小野要三郎直筆功刀家宛書簡」 西野功刀幹浩家資料E-0-2-7-1
拝啓 謹言 昨日 上高砂小沢
伊ハ我承 是桃九十七代ト し
テ 委細ヲ入 金四百円ニテ 買
取呉候様申候 又 四五日
内之 又承知候ハ申付 無高
一寸申入候也
四十五年一月十七日
清水
小野要三郎
功刀七右衛門殿
南アルプス市域の果実郷では、その景観を作り上げた父と呼ばれる、小野要三郎という人物がいます。
石ころだらけで水のない不毛な御勅使川扇状地の土壌に、明治時代後半から次々と様々な果樹を県外から大量に取り寄せては植えて試作し、原七郷を多種栽培を基本とする果実郷に生まれ変わらせた中心人物です。
←小野要三郎氏(西野芦澤家資料より・南アルプス市文化財課所蔵)
安政元年(1854)10月に現南アルプス市西野の地主の家に生まれた小野要三郎は、明治26年頃から牡丹杏や梨、桃などの果樹栽培を試みるようになり、明治40年~44年にかけて西野・清水にあったカラマツ林を開墾して、50アールに本格的に生業として果樹を植えました。この地の桃栽培は軌道に乗り、南アルプス市の果樹栽培の黎明期を象徴するものとなります。
ちょうどその直後、明治45年1月17日に小野要三郎が同じ西野村に住む功刀七右衛門に宛てて書いた手紙をご紹介しています。
手紙と云いましても、この資料は、走り書きのような伝言のようなものですし、この手紙内容の意味する行動の前後は判りません。そのため、文面を読んでも、桃の苗木を功刀家が上高砂の小沢さんに売るのを、小野要三郎が仲介したのか?もしくは、上高砂の小沢さんを介して桃の苗木を功刀家が買ったのか?これだけの情報では判明しないことをご了承いただきたいのですが、 明治45年に桃の苗木を100本ほど植えるのに、だいたい400円かかったということを知ることができる内容は、史料価値をさらに高めていると思います。
文中には、「桃」とあるだけで、苗木の文字は見えませんが、この手紙にある日付が1月17日の真冬であることから、実ではなく苗木の取引だと判難しました。また、文中に見える「清水」という名の地は、小野要三郎が明治40年頃から本格的に果樹栽培に最初に着手した地です。かつて、小野要三郎宅があったこの場所には、いまも開園記念の碑が建っています。
←白根地区西野の清水にある開園記念碑(2018年8月2日撮影)
さらに、400円というのは、当時どれほどの大金であったか?少し調べてみました。「値段史年表明治大正昭和 ・週刊朝日編」という本から、明治45年に400円と同じくらいの値段のものをまず探してみますと、ダイヤモンド1カラット450円とか銀座の地価1坪300円などが見つかりました。が、う~ん。次にもっと、庶民的なもの値段を探してみますと、明治45年のもりそば3銭、天丼15銭、明治40年の白米10キロで1円56銭とかありましたが、なかなか、ピンとくるようなちょうどよい比較が難しいですね。それでも、当時の400円がいかに高額であったか、何となく想像してみてください。 果樹栽培を生業として一からはじめるには、資材や設備の投資に相当額が必要であったことがわかりますね。
そのため、西野村では、小野要三郎家や功刀家、その他、芦澤家、手塚家、中込家等のような、江戸時代に煙草や木綿などの商品作物で蓄財した、進取の気性を持つ村役たちが、地域の発展を願って率先して新産業に投資した姿が見えてきます。
同じ功刀家資料の中には、明治45年と同じ年の大正1年10月下旬に(明治45年は7月30日明治天皇崩御以降が大正元年となった)、西山梨郡甲運村横根(現甲府市横根町)にあった若林國松商店という苗木屋から『和洋葡萄苗木の 2・3年生のモノを400本から500本ご希望のご用意ができましたから、至急ご注文ください』とある書簡がありました。
いまから110年前の西野村で、小野要三郎家だけでなく、西野村全体ではじまった果樹産業進出への大規模投資の一端が見えます。
←現在の甲府横根町にあった苗木屋若林國松店からのはがき(西野功刀幹浩家資料より・南アルプス市文化財課所蔵)
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