木箱プリント型が語る、にしごおり果物を特徴づける多品目栽培の歴史
こんにちは。 ふるさと文化伝承館では、現在、テーマ展「にしごおり果物のキセキ」が開催中です。開期は令和4年12月21日(水)までです。
南アルプス市の基幹産業の一つである果樹産業が、江戸時代に盛んに行われていた柿の野売りにはじまり、明治以降、どのような歩みを持って、独創的な発展を遂げたかを振り返ります。
今回は、展示資料の中から果実を出荷した木箱にプリントするための金型をご紹介します。
この資料の展示数は20点以上あり、メロン、もも、かき、さくらんぼ、りんご、などの品種名のほか、出荷した家の屋号やかつての村名、出荷組合の名称や記号も見られます。
にしごおりでの果物産業が、多品目を組み合わせて栽培することで成り立ってきた、という特徴を示す良い事例の一つだと思い、入口のブロックにまとめて展示しました。
←八田地区藤巻家より発見収蔵時の昭和初期御影村時代の金型「甲州名産 御影 藤巻農場 十五キロ」「甲州 メロン 甲州御影村和多や農場」
これらの資料が使用されたのは、昭和30年代終わり頃までです。昭和39年頃になると、果実の出荷は木箱からダンボールへ移行しました。 ダンボールにはすでに果実名やブランド名、栽培地などがすでに印刷されているので、この金型は使われなくなりました。
それまでは、製材所から組み立てる前の箱の部品を調達して、家の土間や作業小屋で、出荷までに釘を打って組み立て、一つ一つの面に金型を置いて墨で印字したり、ラベルを貼りつけたりする作業を、家族で夜なべしてやっていたんですよね。たいへんなことだったと思います。この木箱印字用の金型は、いまその往時を物語る貴重な資料となりました。
←八田藤巻家より金型と同時収蔵の出荷用のラベル付木箱や段ボール
金型一つ一つをじっくり見ると、すべてがおしゃれでかわいらしく、工夫を凝らしたデザインです。
一方で、金型の端の始末などのやり方を観察すると、ブリキの切れ端を使って農作業の合間にゆるりと楽しんで作られたのではないか、と想像させるような民具の放つ魅力も存分です!
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