昭和40年代の六科交差点周辺商店の紙袋と包装紙
こんにちは。
先ごろ、野牛島の、さるお宅に調査にうかがった際、お蔵の中に置かれていた包装紙の束をその他の資料とともにご寄贈いただきました。
その束一括り30点は、だいたい昭和40年代くらいのもので、店の場所は、ほとんどが山梨県内のもので、韮崎市や甲府市の商店やデパート、現南アルプス市内各所の商店や菓子屋、鮨屋の折詰の掛け紙などバラエティーに富んでいました。
〇博調査資料としての包装紙は、かつて存在した商店の情報や、地域ごとに異なるお買い物事情を知る手掛かりになるので、いつごろ・どこにあった店なのかを地域ごとに分類整理したうえで、文化財課で保管しています。
きょうはその中から、旧八田村の六科交差点付近に昭和40年代にあったお店の包装紙と紙袋をご紹介します。
←宴会とお食事「中庄」の包装紙。図柄に鮨の文字が見えるが、その後、中華食堂になっていたらしいです。
←六科四ツ角 巨摩信用前 「卯花肉店」の紙袋。黒板にお店の商品を描いている、シッポくるりんのブタさんが、可愛らしさ満点の紙袋。「豚肉あげ物」の字を見て「ウワー」と叫んでいるのがまたシュール!
←生菓子・パン・御菓子「福井屋」の紙袋。六科交差点北にあったお菓子屋さんだそうです。
←六科の八幡神社の柵(地図上で神社は公園と表示されている)についていた平成時代の商店地図に、卯花肉店と中庄の場所があった!(2017年12月25日撮影)この地図の下にあるもっと古い地図もみてみたい・・・「福井屋」さんの場所も載っているかもね。
←その他、上掲と同じ野牛島藤巻家資料の包装紙一括。
昭和時代の包装紙って魅力的な柄や色のデザインが多くて、眺めるのが楽しいですね!
お寿司屋さんにお肉屋さんにお菓子屋さん、お魚屋さんや八百屋さんなど販売品種の異なる個人商店が近所にいろいろと存在した昭和時代、買い物に行く人も買いたいものに合わせていろいろな場所に足を運んだ状況を、残された包装紙が教えてくれます。
2024年に、市内に米国系の会員制大型量販店がオープンする計画があるそうです。令和時代の南アルプス市民のお買い物状況には、ますます変化がありそうです。
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