昭和24年火災発生時に描かれた「野々瀬村大火」
こんにちは。
今からちょうど77年前、市内櫛形地区の根方(ねかた)で、大火災が発生しました。「野之瀬村の大火」として南アルプス市で語り継がれる大規模災害です。
先日、その火災の様子を描いた絵を所有されていた甲府市高畑の高源寺様からご寄贈いただき、文化財課で収蔵いたしましたので、ご紹介したいと思います。
←「野之瀬村大火」昭和24年4月8日 雨宮幸男画(南アルプス市教育委員会文化財課蔵)
戦後間もない昭和24年4月8日午後3時頃、メガネの行商を終え甲府へ帰宅しようとしていた雨宮幸男氏は、小笠原下町の峡西電鉄停留所で電車を待っていました。ふと、ホームから見える西の山々を眺めると、妙了寺のあたりから真っ赤な火柱が出て濛々と煙が立っているのが見えるではありませんか、火事だ! 強風によって火種が飛び、みるみるうちに燃え広がる様子に目を離すことができず、電車を何本も見送って、持っていたカバンの中にあった官製はがきに火災の動向を描き留めました。ボロ電を何本も見送って、右一枚目の画にある火元の妙了寺から、市之瀬川を火種が飛び越えて4時頃には上野・中野の集落を延焼させ(中央画)、その1時間後には画左手にある隣村落合村の山々に飛び火する様子(左画)を次々と3枚の葉書に描きました。
実は雨宮さんは、昭和のはじめ、東京上野の黒田記念館内東京国立文化財研究所に在職し、美術にたいへん造詣が深い人物でした。山梨に帰ってからは後に山梨造形美術会会員となり県内の美術活動に貢献します。
その雨宮氏が遭遇したこの火事は、後に「野々瀬村大火」と呼ばれ、多くの人々が住む家を失うこととなった(90戸以上が焼失)大災害だったのです。
←額の中に入っていた雨宮幸男氏によるメモ
「野々瀬村大火」とは、昭和24年4月8日午後2時35分に、中巨摩郡野々瀬村(現南アルプス市櫛形地区)上市之瀬にある妙了寺春祭りにおいて発生した火が強風に煽られ拡大した大火災です。原因は、寺の春祭りで行われる午後の催し物の合図として上げた花火でした。不発花火が竹藪に落下し爆発、火災が発生。この火が強風にあおられ茅葺屋根に引火、瞬く間に野々瀬集落および近隣地域まで拡大し、大火災となりました。
火災発生の3日後(昭和24年4月12日)に出された『中巨摩郡野々瀬村大火調査報告書(山梨県総務部地方課)』によると、鎮火は4月8日午後7時25分となっています。同報告書によると、焼失98世帯、罹災者553名、この時点では死者はありませんでしたが、人事不省を含む重傷者は3名、90戸が全焼し、焼失区域は12897坪(42634.71平方メートル)とあります。
←「高源寺が妙了寺の隠居寺であることを伝える碑」高源寺にて2025年12月16日撮影
この絵は、大火で燃えた妙了寺にゆかりのある甲府市高畑町にある高源寺(室町時代はじめより妙了寺の隠居寺であった)の斎藤陽子氏が昭和50年代に雨宮幸男氏から購入して保管していました。斎藤さんは今は亡き義父が生前に、野之瀬村大火によって焼失した妙了寺本堂他の再建に尽力する姿を見ており、縁を感じたのだといいます。購入時には雨宮氏から描いた当時の状況や感想を聴き取っていてくださいましたので、斎藤さんを介しての伝聞を今回の○博調査員の記事作製に活用させていただきました。感謝申します。
←「高源寺にて斎藤陽子氏より聴き取り調査」2025年12月16日撮影
令和8年のことしも、4月8日がやってきます。今回は水曜日ですね。火事に気を付けたいと思います。





























































